Posted by 経済原論

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

『幸せ』

今、何をするべきか・・・。
今、何ができるのか・・・。

自らが産み出した葛藤も今だけは忘れたい。

星空を眺め、鈴虫の鳴く声に耳を傾けると優しい気持ちが降り注ぐ。

『幸せ』ということ。

『幸せ』を望めば、その望んでいる状態が現実化する。
それ故、『幸せ』には辿り着けない。

『幸せ』であることに気付けば、その状態が現実化して『幸せ』そのものになる。

『幸せ』を望むのではなく、すでに『幸せ』であることを想い出す。
そのことを想い出したならば、後は『幸せ』であることに感謝する。


森羅万象、全ての命が『幸せ』であるように。


優しい気持ちが心に舞い降りるように。



スポンサーサイト
Posted by 経済原論   2 comments   0 trackback

揺れ動く時

自らの思いを表現すること。
自らの考えを表現すること。
相手に自分が伝わること。

何かを隠しても仕方ないから。
自らを脚色しても仕方ないから。

何も隠さないで生きる。
そんな自分が好きになれたから。

でも、素直に生きることによって誰かが悩むとしたら・・・。

他人を苦しめてまで、素直になる必要はありますか?
悩みの種を蒔いてまで、ありのままで生きますか?
仮にそんな事実があったとしても、本当に幸せですか?

誰かに苦しい思いをさせるならば、自分が我慢すればいい。

ただ、それだけのこと。

そんな思いをした経験も、そんな日々も、いつかはきっと自らの原動力になる。


他人の土台となる心を持ち合わせていますか?
目の前の選択は本当に二つだけですか?
自らの道は本当に一つだけですか?


夏へと移り往く穏やかな季節の中、自らの心と向き合う。

そんな、とても静かに揺れ動く時。


Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

描く心

季節は流れ、時は行き過ぎ、ありとあらゆる存在が時間という概念に包み込まれていく。
経験という定規を使い、推し量った先の未来を想像していくことに何の意味があるのか。

自らが制限しない限り、何も制約はない。
自らが限界を設けない限り、何も限界はない。

まだ何かにすがりたいですか。
景気、不景気に左右されたいですか。
強者、弱者に分かれたいですか。
善悪の狭間で、揺れ動きたいですか。
貧富の差で、右往左往したいですか。

時の権力者により、好き勝手に塗り替えられた歴史を踏襲し、曇ったままの心で繰り返される選択。

いかなる過去を抱えていようとも、どんな未来が約束されていようとも、今という一瞬を凌駕することはない。

全ては自らが選択した結果。

好きな絵筆、好きな鉛筆、好きな絵の具、何を使っても構わないはず。

今という一瞬を大切にし、自由自在に描く。


ありのままでいること、自らに対して正直に生きること。
これ以上でもなく、これ以下でもない。

誰の為でもなく、何の為でもなく、ありのままであればいい。


Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

越える時

大いなる犠牲を強いる時、大いなる痛みを与える時。
ただ、漠然と起きているわけではない事へと想いを馳せる。

目の前の出来事を理解することは無理であろう事。
現実という事象を無条件に受け入れる事は、難しいであろう事。

今、何が起きているのか。
今、何が起きようとしているのか。

相対的な存在がなければ、何一つとして認識の烙印を得ず、自らを形成する材料を創れない。
目的などは何でも良く、自らの想いを貫くのみ。

事実を理解することは、難しいであろう事。
時を越える事は、難しいであろう事。

しかし、時は自らに与えられる。
そして今、そこを乗り越える時。

何を見るのではなく、何を描くのか。
何を知るのではなく、何を感じるのか。

幸も不幸もない。
入り口も出口もない。
成功も失敗もない。

あるのは自らの想いのみ。

塵ほどのものから、世の中のありとあらゆるものまで、感謝の心を運ぶ。

ありがとう。


Posted by 経済原論   2 comments   0 trackback

芽吹く命

何故、厳しい寒さがあるのか。

何故、険しい道筋があるのか。

心地良い程に流れる意図とは背中合わせに、不可抗力なまでの利害に埋もれてゆく。

抵抗すればする程、目の前の感謝は姿を隠し、負の輪廻が手に余り自らでは抱えきれず放り出す。

我を立脚点とすることにより、ありとあらゆる理不尽は縦横無尽に連なっていく。

自らを立てたい心を捨て切ること。



春の前に、冬があるという事実。

冬の後にこそ、暖かい春が控えていることを心で知る。

寒さに震えていても、やがて暖かさに救われる。

傷を負っていても、いずれ痛みは和らぎ、穏やかさへと導かれる。


厳かなる凍結の彼方にこそ、暖かい春が控え、小さな樹木の芽が出はじめる。

その原理を否定するか、肯定するかは、自らにて決めるべきこと。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。