Posted by 経済原論

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出逢い

人生で大切なもの。
色々ある中での1つが『出逢い』。
その時の出逢いが人間を変えていく。

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懐疑心

自分の器の小ささを感じました。
自分の力の限界を感じました。
自分の無力さを感じました。
自分の存在意義に疑問を持ちました。

ここにいて良いのか。

今月も売上計画を達成できそうもない。

「このお店を生かすも殺すも自分達次第」

以前店舗のマネージャーに言われた言葉がふと頭をよぎりました。
このままじゃだめ。
それはわかってる。
だから勤務が終わっても残って仕事をしたけど、結果が出ない。
がむしゃらになって頑張っても自分の体を痛めつけるだけ。
そして、心が痛むだけ。
心が痛む、そう感じている時点でこの仕事は自分に向いていないのだろうか。
そんなことを考えてしまう。

まだまだ器が小さくて心が弱い。
最近よく感じる…

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選択

世の中様々な問題が毎日のように起きている。
政治問題や環境問題、小さなことに目を向けてみると近隣住民との問題やマナーの問題など、枚挙に暇がない。
どうしてこんなにも多発するのだろうか。
全く問題が無いなんて有り得ないし、問題があるからこそより良いものを築くことできる。
ただ、問題を解決するのも、問題を起こすのも自分の心掛けひとつだと感じる。
完璧な人間は存在しないから、問題を解決することもあれば引き起こすこともある。
例えば、事業を立ち上げることは雇用を増やし、社会のニーズを満たすという点では問題を解決している。
だが、視点を変えると、天然資源の乱用・環境汚染など、多くの問題を引き起こしている。
肝心なことは、日々の暮らしの中でどのような『選択』をして、どのように生きていくのかということ。
一般的に、尊敬の念を持って人に接し、人に寛大で、素直な心を持つ、そんな人は思いやりに満ち、道徳的で、住みよい世界をつくるのに貢献している人だと感じる。
だが、こうしたことに価値を見出さないならば問題を起こす側になりかねない。
人間は完璧ではないから、何かの役に立つとともに、何らかの問題を起こしているのではないか。
このことを考えてみると、自分の世界をあるがままに見つめなおすことができる。
大切なことは「絶対に正しい答え」とか「絶対に間違っている答え」という基準ではなく、「最も正しい答え」に近い『選択』をすること。
自分が周りにどれだけ貢献できるかを考えることが、「最も正しい答え」に近いかどうかの判断基準となる。

『選択』の連続である人生において納得ができる『選択』を…

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一生一日

生まれてから死ぬまで。
それを『一生』という。
人の『一生』とはどれだけのものか。
いつ生まれていつ死ぬか分からないが故に、命の長短に執着が生まれる。
長いから尊いのか。
短いから虚しいのか。
そんなことを考える必要性はあるのか。
その日一日を一生のつもりで生きることができたならば、生かされたことに感謝できる。

明日が、未来があると思うことから執着が始まり、『今』という現実を置き去りにしてしまう。
過去は経験であり、未来は誰にもわからない。
経験として培った過去に固執したり、自分の『欲』を満たすことだけを考えることをやめ、分からぬ未来を思い悩むことから決別すれば、今この瞬間を一生懸命生きることができる。

ただ、そうやって生きていけばいい。

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心の闇

何故、人は現状に満足することができずに不満を抱くのか。
人の心の満たされない部分。
その部分の『核』となるものは何か。

よくある状況としては、理想と現実のギャップがあまりにも大きすぎた為、不満として増大していく。
その他の要素としては、自分はこれだけ頑張っているのに誰も認めてくれないという被害妄想も含まれてくると思う。

一体何が原因なのか。

一番の原因は、事の大小に関わらず全ての物事に対する感謝の心が欠如していることだと感じる。
理想はあくまでも自分が思い描いていた世界であってそれを具現化してくれるものはこの世に存在しない。
同じ空気を吸って初めてわかる世界、それが現実。
自分はこれだけやっているのにと考えるのではなく、まだまだ足りない自分なんだと思い、自分を磨かせて頂こうと心を運ばせていくことが本当の感謝に繋がるものであり、自分自身の器を大きくしていける要素となる。

要するに、自分に起きる全ての物事を良い悪いという基準ではなく、必要だからこそ起きていると捉え、自分自身の心を磨くきっかけとして感謝の心に変えていくことが大切なこと。

人生、何が起きても全てを受け入れる。

人としてこの世に生まれた、それだけですでに感謝するべきことだから。
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『今』を生きる

『時間』という概念は如何なるものか。
時が流れることにより、物事は『過去』から始まり『今』という時を越えて『未来』へと繋がっていく。
果たして本当にそうなのだろうか。
全ては『今』という事実のみなのではないのか。
永遠とも思える『今』が続き、過去を形作り未来を映し出す。

『時間』という概念の中で、人々は大きな発展を遂げてきた。
ただ、その発展の過程を紐解いていくと、1つ1つが『今』という瞬間の積み重ねである。
まるで日記をつけるように、人類の歴史やそれぞれの経験を記憶・糧として心に刻む為に最適なものとしてあるのが『時間』という概念であると感じる。

もし明日、時計が無くなり『時間』という概念を利用できなくなったとしたら、人々はその事に固執し、過ぎ行く時を傍観し、訪れてもいない未来を想像して、『今』という瞬間を大切にすることを放棄し、『時間』の概念に振り回され続けるのだろうか。

過去も未来も単独では存在しない。
積み重ねてきた『今』が過去を形成し、『今』があるからこその未来である。

『時間』という概念にとらわれずに『今』という瞬間を大切にしていくことも必要なことなのかもしれない。
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雨音

時と人の心は比例して、経てば経つ程離れていく。
そう感じているのはいつからだろう…
人との繋がり、それは一時的なものでしかないのだろうか。
いつまでも繋がっていられる『核』となるもの。
それは一体何か。

雨音を久し振りに聴きました。
何日か雨は降っていたけど、心に余裕が無かった。
心に沁み込むその音を久し振りに感じた。
不思議と落ち着きを与えてくれるこの時間を大切にしたい。

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森羅万象

人間、それは欲深い生き物。
何かが欲しい、こうであって欲しいなど、何かを望み続ける。
1つの欲望が満たされるとまた1つと欲が湧き、次々と自分の『我』を満たしたくなる。
欲望に限界など存在しない。
多くの欲望が『我』を捨てるという本質からの乖離に拍車をかけ、大切なものを見失わせている。

『我』を捨て切った時に初めて見えるもの。
それは、感謝の心。
何かを望むのではなく、既に与えられている全ての物事に感謝をすることが大切なこと。
大切なものを失わなければ、心安らぐ世界・暖かい場所に辿り着けるはず。

自我に固執している間は決して辿りつけない世界。

森羅万象に想いを運んでこそ、自らが生かされる感謝を知る。
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