Posted by 経済原論

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

磨いていく

受け入れていくから、自らが磨かれていく。
自我ばかりを前面に出して相手の言葉から耳を塞げばいつまでも同じところに汚いものが留まってしまう。
自分に向けられる色々な言葉を、教えて下さって有難い、足りない自分を磨く言葉と思い切って受け入れていけば、心の汚れは流されて磨かれていく。
言って下さる人がいることは宝。
何もなくて思い通りになったら、心に汚いものがついたまま。
自らを磨き上げることはできない。

スポンサーサイト
Posted by 経済原論   4 comments   0 trackback

運ぶ『心』

車窓から見える風景がどんなに素晴らしくても、いざその土地に降り立ってみると思いがけなく風が冷たかったり、様々な生命と触れ合うことがある。
相手の立場や想いを理解するには、まず自分が相手と同じ空気を吸ってみること。
人間の価値観や力なんてちっぽけなもの。
だからこそ、自我を滅して受け入れていかなければいけない。
そんな単純なこと。
Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

見つめる心

日が暮れていくと共に、秋の涼しさが心と体に染み渡る。
夏が過ぎ去ったことを告げると同時に、季節は秋を迎え冬へと移り変わる。

世の中の原理としていつも感じるのは、「自らの行いは自らに返ってくる」ということ。
人を困らせれば自分が困る事象が起こり、人を幸せな気持ちにさせれば自分が幸せな気持ちになれる事象が起こる。
このことは、昔も今も未来もきっと変わらない。
ただ、このままあり続ける。
だけど、心が落ち込むと自分の不幸さや運の悪さに固執してしまいがち。

歪めているのは何だろうか。
脚色しているのは何だろうか。
複雑にしているのは何だろうか。

お金が無くても、地位が無くても、名誉が無くても大丈夫。
他人や動物、自然など自らの周りに存在するもの全てに対して土台となる覚悟と意思があればいい。
その力を信じ、その心を持ち続けること。

経済が崩壊したっていい。
貨幣価値が失われたっていい。
便利な電化製品が使えなくなったっていい。
自分に対する好意的な評価がなくなったっていい。
それらが無くなっても、命は生き続けるから。

人としてこの世の中に生み落とされたその瞬間から、守られ育まれたこの命。
大切なことから目を背けてその先に何が待つのか。

東大を出ていないと答えられませんか?
大手企業に就職をしていないと答えられませんか?
多くの財産がないと答えられませんか?

言葉を知っていれば、生まれたばかりの赤ちゃんでも答えられる。
そんな単純なこと。

自分が周りの為にしてあげたことはいくら忘れてもいい。
だけど、自分がしてもらったこと、自分が受けた御恩は決して忘れてはいけない。
「ありがとう」に繋がることだから。
そして、それが自分自身の大切なこと。

Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

見返る力

雨が降ると、自然と心が落ち着く。
雨音が心の奥まで沁み込み、潤いを与えてくれる。

自らの心の『弱さ』は気付くことが出来ても、なかなか向き合うことはできないもの。
だけど、目をそらしてはいけない。
実る程に頭を垂れる稲穂のごとく、常に自分自身を見返る強さをもつことが大切なこと。
人は他人のことは冷静に分析できるけど、自分自身のことはどうですか?
相手に足りないところがあったら、自らを見返ることができますか?
自分自身のことを棚に上げるのではなく、常に自らを見返る『強さ』を持てる人にならなきゃいけない。
全ては自らに繋がることだから。

Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

心に刻む

夜になると外から鈴虫の鳴く声が聴こえる。
夏の面影を感じると共に秋へと移り行く季節を心で感じ、自然と物思いに耽る。

何故生きていることができるのか。
お金があるから、土地があるから、財産があるから、権力があるから・・・。
本気でそう思っているとしたら、それは茶番であり、喜劇の世界だと感じる。

何故生きていることができるのか。
それは、宇宙があり、太陽があり、月があり、地球があり、天地があり、自然があり…
そういった全ての恩恵の上に生み落とされた命であり、育まれた命があるからである。

何が大切なことなのか。
何が必要なことなのか。
今の自分にできることは何か。

理屈などを何十年、何百年、何世紀も並べたところで塵のようなもの。
「他が為に…」の心を持って森羅万象に対しての土台となっていく。

感謝の心があれば、自分のことは一番最後にできるはず。
「自我を滅して他人の土台になる」
もう一度心に刻んで生きる。

Posted by 経済原論   2 comments   0 trackback

受け入れる心

自我の心が自らの内に存在している限りは心の向上はありえない。
ただ、泥沼にはまり続けるだけ。

本当にお金や財産が大事ですか?
本当に地位や名誉が大事ですか?
本当に見栄や美貌が大事ですか?
科学万能、楽こそ一番、本当にそう思いますか?
辛い、苦しい、頼りたい、何とかして欲しい、そういう思いが日々の生活の中で自らの中にありませんか?

どれだけ科学が発達しようとも、水一滴すら作り出すことはできない。
人の力は自然を超えることはできない。
あるがままを受け入れず自我に固執したところで生まれるものは、欲望という不必要なものでしかない。

全ては受け入れることから始まり、受け入れるからこそ自らが清められていく。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。