Posted by 経済原論

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by 経済原論   0 comments   0 trackback

越える時

大いなる犠牲を強いる時、大いなる痛みを与える時。
ただ、漠然と起きているわけではない事へと想いを馳せる。

目の前の出来事を理解することは無理であろう事。
現実という事象を無条件に受け入れる事は、難しいであろう事。

今、何が起きているのか。
今、何が起きようとしているのか。

相対的な存在がなければ、何一つとして認識の烙印を得ず、自らを形成する材料を創れない。
目的などは何でも良く、自らの想いを貫くのみ。

事実を理解することは、難しいであろう事。
時を越える事は、難しいであろう事。

しかし、時は自らに与えられる。
そして今、そこを乗り越える時。

何を見るのではなく、何を描くのか。
何を知るのではなく、何を感じるのか。

幸も不幸もない。
入り口も出口もない。
成功も失敗もない。

あるのは自らの想いのみ。

塵ほどのものから、世の中のありとあらゆるものまで、感謝の心を運ぶ。

ありがとう。


スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。