Posted by 経済原論

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奇蹟

寒暖の差を繰り返し、確実に春への訪れを与えてくれる季節の恵み。

冬の寒さを経験しているからこそ、春の暖かさに心がほぐれ自然と笑みがこぼれる。

人間は欲深い生き物。
自らの欲望を満たす為に、何かを追い求める。

追い求めるという事は、在るという事実を遠ざける。

手が届くところには無いからこそ追い求める。

はじめから手が届いていたら、誰も追い求めることはしない。

幸せを感じたいのならば、幸せを追い求めるのではなく、幸せだと感謝すればいい。

すでに与えられている事に気付いた時、誰に強制されるまでもなく感謝に心を委ねることができる。

最初から在ることに気付き、その事に対して、心穏やかに謙虚に感謝するだけ。


手を伸ばさずとも、今ここに在る奇蹟。


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共に歩む

どのような人生を送ろうとも、今という一瞬を悔いなく生き抜いたならば、生かされたことに感謝できる。

事柄の善悪、損得を中心とした立ち居振る舞い、経済という価値観のみを前面に出したところで、大切なことの中心を見失うのみ。

偽りの通じない鏡を前にして、ありのままをさらけ出すことを避け、自らを脚色し続けてきた。

そのような事実ですら、相対を経験する為に必要だった。

これから先の未来において、それを引き継ぐ必要はない。

自らの周りに存在する全ての物事の土台になる心を持ち、今という一瞬をただ一生懸命生きる。

誰が偉い、誰が凄い、誰が貢献している、そんな事はどうでも良い。

誰かと生きる、一人で生きるのではなく、皆と共に生きる。

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傲慢

愚かだと知りながら、無駄だと知りながら、たった1つの真実に辿り着くまでの間輪廻を繰り返す我の心。

それは飽きる程、呆れる程、狂おしい程に繰り返す。

我は、自らが発信源であるが故にすり抜ける隙間を知りつくし、巧みに姿形を変えて忍び寄り傲慢という心に拍車をかけていく。

何故、こんなに複雑に絡み合い、感謝という心から離れさせるのだろうか。

傲慢に埋もれている自らに気付かない限りは、欲望の闇に沈み込み感謝の心は姿を隠す。

1人では一瞬たりとも生きることはできない。
1人では一瞬たりとも存在することはできない。

生きているという傲慢が心を曇らせ、育まれていることの記憶を奪い去る。

生きているのではなく、生かされているということ。
傲慢から来る苦しみを手放し、生かされていることへの感謝に心を委ねる。


自らが幸せだと感じる一つの事実。

あなたが幸せだから、俺も幸せです。

「ありがとう」

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勇気

始まりこそは、ほんの小さな謙虚さであったとしても、喝采を浴びている内に大きな思い上がりの気持ちとなり、手に余る。

気が遠くなる程の繰り返しを経て深く刻まれた年輪は払いがたく、手放しがたい。

どんな理想を描いたらいい?
どんな未来を描いたらいい?
どんな想いで生きていけばいい?

欲望は自我に固執している現れ。
欲望は自らを捨て切ることの大切さからの乖離に拍車をかけるのみ。

集団を組まないと感じる孤独。
一人を恐れる仕組みを見つめる。

自らが土台となることの強さ。
自らが土台となることの大切さ。
自らが土台となることの喜び。


喝采を放棄し、そっと手を差し伸べる勇気。
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大切なもの

一匹の蟻がその体よりも大きな物を運んでいる。

人の目には僅かなものでも小さな虫にとっては

大切な生命をつなぐ糧となる。

他人が一番大切にするものを

「他人事ではない自分事」と心を運び

自らも尊重していくところに、

心と心が温かな信頼で結ばれて

共に生かされる感謝を知る。

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